※資格学校・個人塾・通信添削・独学に共通する構造【解説記事⑩】
努力は積み重ねているのに
資格学校に通っても、
個人塾に変えても、
通信添削を受けても、
独学に切り替えても。
やり方は違うのに、
同じところで行き詰まる
という人がいます。
ここで多くの人は、
次のように考えます。
「選択を間違えたのではないか」
「別のやり方なら、うまくいくのではないか」
ですが、
行き詰まりの原因は、
学習形態そのものにあるとは限りません。
行き詰まりは「方法」ではなく「構造」で起きる
資格学校、個人塾、通信添削、独学。
それぞれに、長所も短所もあります。
問題は、
どれを選んだかではなく、
どのやり方でも、
同じ構造に入りやすい
という点です。
共通して起きていること
どの学習形態でも、
多くの場合、次の流れが起きています。
- 課題を解く
- 図面を描く
- 結果を評価される
一見、
正しい学習サイクルです。
ですが、
ここで扱われているのは、
ほとんどが det(determinant) です。
det は扱われているが、jud は扱われていない
- どこが違反か
- どこが不自然か
- どこを直すべきか
これらは、
すべて det の話です。
一方で、
- なぜその判断をしたのか
- 他にどんな判断があったのか
- 次はどこで変えるべきか
こうした jud(judgement) は、
ほとんど言葉として扱われません。
これは、
どの学習形態でも起きがちです。
だから、やり方を変えても詰まる
学習形態を変えると、
- 新しい視点がもらえる
- 一時的に理解が進む
- 「今度こそ」という感覚が生まれる
ですが、
扱っているものが det のままであれば、
しばらくすると、
また同じところで止まります。
- できた気がする
- でも安定しない
- 次に活かせない
これが、
行き詰まりの正体です。
行き詰まりは「能力不足」ではない
ここで、
一番避けたい誤解があります。
行き詰まる=自分に力がない
これは、違います。
多くの場合、
判断を構造として扱う訓練を、
どこでも受けていなかった
それだけです。
学習形態ごとのズレ方(簡単に)
- 資格学校
→ 全体を網羅するが、判断は回収されにくい - 個人塾
→ 個別対応はあるが、構造化されにくい - 通信添削
→ 結果修正が中心になりやすい - 独学
→ 判断を検証する相手がいない
どれも、
悪いわけではありません。
ただ、
jud を扱わない限り、
同じ壁にぶつかる
という共通点があります。
抜け出すために必要な視点
行き詰まりから抜け出すために、
必要なのは、
- 新しい教材
- 新しい先生
- 新しい環境
ではありません。
判断を、成果物=成立条件に変換する視点
です。
- 今回、何を判断したのか
- その判断は、どこまで通用するのか
- 次に同じ条件が来たら、どうするのか
これを言葉として残す。
ここから、
再現性が生まれます。
製図試験comが目指しているもの
製図試験comでは、
- 課題は「練習試合」として行うもの
- 判断は「基礎練習」で身につけるもの
と位置づけています。
課題を解く前に、
判断を整えておくことは必須です。
課題を解いたあとに、
その判断を回収する。
この往復でしか、
行き詰まりは解消しません。
どの学習形態を選んでも、
行き詰まる人はこの部分で行き詰まります。
それは、
単に「学校の選択を間違えた」からではありません。
多くの場合、
判断を扱っているという認識を強く持てていなかった
そういう教えにたどり着いていなかった
それだけです。
次の記事では、
それでも最後に伸びる人が、
何をしているのかを整理します。

