
「守破離(しゅはり)」という言葉をご存知でしょうか。
室町時代の能楽師・世阿弥が芸道における修行の段階を表現したとされる言葉で、「風姿花伝」の中にこの「守破離」は出てきます。
現在では茶道・武道・書道など多くの伝統文化、さらには現代ビジネスや教育、スポーツにも応用されています。
実はこの「守破離」の考え方は、あなたが挑む一級建築士設計製図試験にも非常によく当てはまるのです。
今回は、この「守破離」の考えを軸に、設計製図試験における学び方、取り組み方、そしてその先にある「建築の道」について、まとめておきたいと思います。
守 ― まずは「型」を守る
試験に挑むにあたり、最初に私たちが行うべきは「守(しゅ)」の段階、すなわち基本に忠実に従うことです。
設計製図試験における基本とは、言うまでもなく以下のような要素を含みます:
・読解:課題文の読み解き方(条件整理)
・エスキース:ゾーニング・動線計画のパターン、コアゾーニングパターン
・プランニング:4コマスタディ、フリープランスタディ、箱入り娘演習
・上記部分についてのエスキースのトレース
・図面トレース(図面表現、時間配分、記号、線種)
・記述のテンプレート化・語彙力強化
この段階では、自分なりのアレンジや「創意工夫」はむしろ不要です。まずは、合格するための“型”を完全に身につけることが最優先となります。
たとえば、多くの受験指導校や書籍が「基本プラン」や「模範解答」を提示しています。これを愚直にトレースし、写し、何度もなぞる。初学者であればあるほど、オリジナリティよりも「再現性の高い型」を徹底的に体得することが、第一の関門を超える鍵となるのです。
弊社では「ステップで攻略するエスキース」があり、1冊全てでひとつの課題を解説しています。その中にこの「守」の部分の全てが網羅しています。またUdemyでは細切れ時間で学べるようにツール化しています。
世阿弥は『風姿花伝』の中でこう語っています。
「初心の時は、ただ古風(ふるふう)をまなぶべし。新しきを好むことなかれ」
新しさや個性を出すのはまだ早い。まずは、建築設計における「古風」、すなわち試験に合格するための王道を素直に学ぶことが肝要なのです。
破 ― 型を「破る」
「守」の段階を越えると、やがて「破(は)」の段階に入っていきます。これは、基本を習得したうえで、そこに自分なりの理解や工夫を加えていく段階です。具体的にはこういった工夫が出てくるタイミングです:
・標準プランから応用パターンを考える
・自分の得意な構成・ゾーニングにカスタマイズする
・エスキスの手順を最適化する(時間短縮・チェックリスト化など)
・記述で独自のフレーズや具体事例を入れ込む
・他受講生の図面から自身にはない「工夫」を発見し選び取る
ここでは、他人の解法をそのまま使うのではなく、自分なりに咀嚼し、再構成していく力が求められます。
もちろん、試験である以上、「破」はやりすぎると減点対象にもなり得ます。しかし、「守」だけでは対応しきれないイレギュラー課題や、「共用部の重なり方が難しい」「階段が収まらない」といった実戦的な状況では、型にとらわれない柔軟な対応力が必要になります。
まさに、「型を知って、型を破る」タイミングです。
離 ― 自分の「設計観」に昇華させる
そして最後が、「離(り)」の段階。
これは、あらゆる型から自由になり、自分の設計観・建築観でプランを構成できる境地を指します。
しかし、一級建築士設計製図試験に合格するためには、この部分は全く不要です。
それは合格してから、次のステップでの話であり、合格するためには守破離の守・破で十分です。
製図試験comがあまり卒業生をスタッフにしない傾向にあるのは、次のステップは製図試験エリアではないと考えているからでもあります。
世阿弥は「時分の花(ときぶんのはな)」という言葉で、若くても一時的に光る才能を戒め、真の芸を「まことの花」として重視しました。建築設計実務では、製図試験のような、減点法での合格ラインは評価されません。芯のある建築的思考と、それを描き切る力が、建築設計者としてのスタートラインとなりますが、それは合格してからのお楽しみにおいておきましょう。
製図試験は通過点、「守破離」は人生の道。
「守破離」は、一級建築士製図試験の攻略法である以上に、建築という道そのものでもあります。
・初受験や迷っている段階では「型」を学び、
・応用力をつける段階で「破」を試んで合格する。
・更に、一級建築士取得後は、「自分の建築観」「人生観」を「離」として確立する。
製図試験に向き合う今この時が、「守」もしくは「破」の始まりなのです。そして、合格後、一級建築士となってから、本当の「離」が待っているのです。
製図試験はそのプロセスでの演習に過ぎません。あなたの一級建築士としての第一歩に、「守破離」の視点を添えてみてはいかがでしょうか。