一級建築士の設計製図試験は、限られた時間の中で課題文を読み解き、条件を満たした図面を完成させるという過酷な試験です。課題文に指定された条件を守りながら、設計として矛盾のない建物を描き上げる必要があります。
受験生にとって大きな不安は「もし時間が足りなくなったらどうしよう」「想定外の条件が出てきたら対応できるだろうか」ということです。そうした不安から、「いざというときの逃げ道(対応策:以下逃げ道))を持っておきたい」と考える方は少なくありません。
一方で、逃げ道ばかりを探し、それを日常の練習の中心にしてしまうと、かえって危険です。なぜなら、試験本番でその逃げ道が塞がれたときに全く対応できなくなるからです。大切なのは、あくまで正攻法で勝負する力を培い、その上で逃げ道を補助的に位置づけることです。今回は、その考え方を整理してみましょう。
正攻法で学ぶことの意味
設計製図試験は「ただ図面を描く試験」ではありません。出題者が見ているのは、「受験生が建築士として妥当な判断を下せるかどうか」です。課題文にある条件を整理し、矛盾のない計画を立て、動線や法規の整合を保ちながら図面に落とし込む。これが王道のプロセスであり、正攻法です。
正攻法で学ぶメリットは、状況が変わっても対応できる汎用性です。課題が多少ひねられていても、条件整理からゾーニング、基本計画、そして作図という流れが体に染みついていれば、焦らず進めることができます。
「王道を知っているからこそ、どんな課題にも対応できる」――これが正攻法を重視する理由なのです。
逃げ道に頼りすぎるリスク
一方で、多くの受験生が気になるのは「時間が足りなかったらどうするか」「どうしても動線が納まらなかったらどうするか」といった緊急時の対処法です。いわゆる「逃げ道」です。
例えば、図面の描き込み量を減らす、詳細を省略する、強引に室を押し込む――そうした発想は短時間でまとめる際に一見有効に思えます。
しかし、逃げ道ばかりに頼るのは危険です。なぜなら、試験本番では課題条件が一つ変わるだけで、その逃げ道が成立しなくなるからです。逃げ道のパターンを練習すること自体は悪くありませんが、それだけで合格を目指すのは、極めて不安定な戦略だといえるでしょう。
逃げ道の具体例とその落とし穴
ここで、実際に多くの受験生が考える「逃げ道」の一例を見てみましょう。
製図試験では標準的な階高さを4000mmとする場合が多いのですが、課題文に「天井高さ3000mmを確保せよ」と指定されることがあります。通常であれば、仕上げ天井や設備スペースを考慮して、階高を4400mm程度に設定するのが正攻法です。
ところが、課題文に「天井を貼ること」とは明記されていない場合、仕上げ天井を設けずにスラブ下をそのまま見せることで、階高4000mmでも天井高さ3000mmを確保できる場合があります。これは一種の“逃げ道”です。
しかし、この逃げ道ばかりに頼るのは危険です。なぜなら、出題者が「天井仕上げ必須」と課題文に書いてきた瞬間、その逃げ道は完全に塞がれてしまうからです。もし普段から「天井を張らない作戦」ばかりを前提に練習していたら、本番で全く対応できなくなるでしょう。
この例が象徴しているように、「逃げ道探し」に偏る学習はリスクが高いのです。
二段構えの戦略 ― 正攻法を基盤に、逃げ道は補助
では、どうすればよいのでしょうか。答えは明快です。
普段は正攻法を徹底的に練習する。そして逃げ道はあくまで非常時の保険として位置づける。この二段構えがもっとも堅実な戦略です。
正攻法を練習しておけば、課題条件が厳しくても冷静に対応できます。逃げ道を知っておけば、最悪のときに「どうしても描き切れない」「時間が足りない」という状況でも、合格ラインを割らない工夫ができます。
例えば「断面図は最低限の表現でまとめる」「平面図は室用途と出入口だけでも成立させる」など、部分的な逃げ道を持っておくと安心です。ただし、それはあくまで「保険」であって「主役」ではありません。
実際の学習への取り入れ方
逃げ道を補助的に活かすための学習方法を整理してみましょう。
- 正攻法の型をつくる
課題文の整理からゾーニング、基本計画、作図までの流れを明確に決めて繰り返す。 - 時間内に正攻法を完結できるようにする
まずは3時間半~4時間で「王道の解答」をまとめられるよう練習する。 - 逃げ道の練習は補助的に行う
月に数回、制限時間を30分削って「時間が足りない状況」を想定し、最低限描き切る訓練をする。 - 自分なりの合格ラインを把握する
断面図の必須要素や、平面図で外せない描き込みなど、最低限押さえるポイントを整理しておく。
make a balance
一級建築士設計製図試験では、「逃げ道を探すこと自体」が悪いのではありません。問題は、それに頼りすぎてしまうことです。
正攻法を学び、王道で勝負できる力を養う。その上で、最悪の場合の逃げ道を補助的に用意しておく。この二段構えこそが、本番で冷静さを保ち、確実に合格をつかむための最も堅実なアプローチです。
逃げ道はあくまで「保険」であり、正攻法こそが「本筋」。その関係を見誤らずに学習を進めていくことが、合格への最短ルートです。
Renzo Piano は、スタッフによく「make a balance!」と叱咤しておりました。その断片がここにあるように思います。