第1回:第2回はnoteでアップしています。

前編では、一級建築士試験が「制度疲労」を起こし続けている構造を見ました。
今回はもう一歩踏み込みます。今回の改正案は「若手建築士が激減する」という危機を旗印に掲げています。けれど——本当に、それだけが動機なのでしょうか。
この制度で、いったい誰が得をしているのか。プレイヤーごとに、その本音を並べてみたいと思います。
「若手が激減する」——その一枚の旗の下で
改正案の出発点は明確です。建築設計関連3団体(日事連・建築士会連合会・JIA)が、令和7年4月、自民党の建築設計議員連盟に在学中受験の導入を提案した〔1〕。掲げられた大義名分は、ただひとつ。
「このままでは一級建築士が激減してしまう」
確かに、それは事実の一面です。一級建築士登録者の約4割が60歳以上、20歳代はわずか約1%という超高齢化〔2〕。今後10〜20年で大量の引退が避けられないのは間違いありません。
しかし、危機が本物だからといって、提案された処方箋が正しいとは限りません。むしろ私は、こう問いたいのです。「激減する」という危機の物語は、それぞれのプレイヤーが抱える「別の本音」を覆い隠す、都合のいい旗になってはいないかと。
順番に、見ていきましょう。
制度に群がる、7つの本音
だからこそ、当事者として正直に言わねばなりません。「合格率を上げよ」という主張は、私自身の商売の根幹を否定する主張でもあるのだと。それでも私がこれを書くのは、受験生の負担の実態を、誰よりも近くで見ているからです。
真実は、7)ではなく1)〜6)に潜んでいる
整理すると、こうなります。
| プレイヤー | 表向きの大義 | 隠れた本音 | |
|---|---|---|---|
| 1 | 大学(教育) | 「若手建築士が 激減するから」 | カリキュラムの予備校化を是認 |
| 2 | 大学(就職) | 合格実績をブランドに使いたい | |
| 3 | 企業 | 育成コストを大学・学生に転嫁 | |
| 4 | 家庭 | 費用を親世代に付け替え | |
| 5 | 学生 | ダブルスクールが前提化 | |
| 6 | 資格学校 | 低合格率こそが商売の前提 | |
| 7 | 制度全体 | 激減リスク(=公に語れる唯一の正義) | —— |
お気づきでしょうか。7番目の「激減」という大義の下に、1〜6のプレイヤーがそれぞれの利害を温存したまま相乗りしている。在学中受験という処方箋は、この6者の本音をひとつも傷つけません。むしろ、すべてを延命させる。
なぜか。それは——合格率を上げてしまうと、1〜6のプレイヤーの「うまみ」が消えてしまうからではないか。大学の合格実績競争も、資格学校の高額講座も、すべて「低い合格率」を前提に成り立っているのですから。
では、誰のための制度なのか
ここで、最初の問いに戻ります。誰のための一級建築士資格制度なのか。
受験生のためでしょうか。安全な建築を享受する市民のためでしょうか。それとも——
私には、現状の制度が、受験生本人を除くあらゆるプレイヤーにとって都合よくできているように見えてなりません。負担だけが受験生個人と、その背後の家庭に集中している。そして「若手が激減する」という正義の旗が、その不均衡を覆い隠している。
ところが今、制度設計の中心にいるのは、合格実績がほしい大学であり、育成コストを逃したい企業であり、低合格率に支えられた受験産業(私自身を含む)です。
「若手が激減する」は、嘘ではありません。けれどそれは、真実の7分の1にすぎない。
残りの7分の6を直視しないかぎり、どれだけ受験時期を前倒ししても、受験生の負担は減らず、建築教育の空洞化は止まらないでしょう。
——誰のための制度なのか。その問いから逃げないことが、改革の出発点だと、私は考えています。
※本稿は、受験産業の当事者である筆者自身を含めて、制度をめぐる利害構造を率直に整理したものです。各プレイヤーを断罪する意図はなく、それぞれの「合理的判断」が積み重なった結果として、誰も望まない構造が生まれている——その全体像を可視化することを目的としています。
〔1〕総合資格navi「在学中に一級建築士受験が可能に?設計3団体が建築士制度の改正を提案」(2025年4月23日、設計関連3団体による自民党建築設計議員連盟への提案)
〔2〕一級建築士の年齢構成(60歳以上が約4割、20歳代は約1%)。日建学院「建築士法の改正について」
〔3〕(公財)建築技術教育普及センター「一級建築士試験 試験結果」(合格者の職域別構成比、学校別合格者数一覧の公表) https://www.jaeic.or.jp/shiken/1k/1k-data.html
〔4〕総合資格学院「令和8年度 1級建築士ストレート合格必勝コース」受講料(学科75万円+製図30万円=120万円/税込132万円、上位コースは合計155万円/税込170.5万円) https://www.shikaku.co.jp/course/1k/list/set-standard/
〔5〕一級建築士の標準学習時間(約1,000〜1,500時間):主要資格学校公表の目安による
〔7〕国土交通省「建築士法の一部を改正する法律案(概要)(案)」(試験内容のあり方は中央建築士審査会で「検討を開始」と注記)
※数値はいずれも公表されている最新データ(令和7年試験結果・令和8年度講座料金まで)に基づきます。
