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誰のための一級建築士制度なのかー制度改革に待った(3/3)

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第1回:第2回はnoteでアップしています。

note(ノート)
本当に若手建築士を増やすのか?ー建築士法改正案に待った!(1/3)|製図試験com 山口 達也 建築士法改正案、今国会提出も 受験要件見直し、担い手確保  自民党の建築設計議員連盟の逢沢一郎会長は、5月27日に開いた議連の総会で、建築士法改正案を今国会に提出...

前編では、一級建築士試験が「制度疲労」を起こし続けている構造を見ました。
今回はもう一歩踏み込みます。今回の改正案は「若手建築士が激減する」という危機を旗印に掲げています。けれど——本当に、それだけが動機なのでしょうか。
この制度で、いったい誰が得をしているのか。プレイヤーごとに、その本音を並べてみたいと思います。

Index

「若手が激減する」——その一枚の旗の下で

改正案の出発点は明確です。建築設計関連3団体(日事連・建築士会連合会・JIA)が、令和7年4月、自民党の建築設計議員連盟に在学中受験の導入を提案した〔1〕。掲げられた大義名分は、ただひとつ。

「このままでは一級建築士が激減してしまう」

確かに、それは事実の一面です。一級建築士登録者の約4割が60歳以上、20歳代はわずか約1%という超高齢化〔2〕。今後10〜20年で大量の引退が避けられないのは間違いありません。

しかし、危機が本物だからといって、提案された処方箋が正しいとは限りません。むしろ私は、こう問いたいのです。「激減する」という危機の物語は、それぞれのプレイヤーが抱える「別の本音」を覆い隠す、都合のいい旗になってはいないかと。

順番に、見ていきましょう。

制度に群がる、7つの本音

1大学のカリキュラム問題教育機関が予備校になる
本音:「学生が在学中に受かってくれれば、就職実績として誇れる」
在学中受験が導入されれば、専門教育や設計演習・卒業設計に充てるべき時間が、資格対策に侵食されます。大学は本来、研究と高度専門教育の場。それが「資格取得予備校」化すれば、建築教育の中身そのものが空洞化しかねません。現に、改正案概要では試験内容の見直しは「これから検討」とされたまま、受験時期だけが先行しようとしています〔7〕。
2大学の就職問題合格実績が大学ブランドになる
本音:「合格者を出せば、受験生集めに有利になる」
試験元が学校別の合格者数を毎年公表していること〔3〕が、この構造を生んでいます。「資格実績=就職実績=大学の人気」という連鎖の中で、大学は資格支援の強化に走らざるを得ない。教育の目的が、いつのまにか「合格者数という指標」にすり替わっていきます。
3企業の労務しわ寄せ問題教育コストを大学に押し付ける
本音:「入社後に資格対策をさせると生産性が落ちる。学生のうちに取ってきてほしい」
一級建築士の合格には、一般に約1,000〜1,500時間の学習が必要とされます。企業が新入社員にこの負担を業務と並行で負わせれば、当然コストになる。だから「在学中に」という期待が高まる。これは要するに、企業が負うべき人材育成コストを、大学と学生個人に転嫁する動きでもあるのです。実際、合格者の職域は建設業35.4%・建築士事務所26.4%・住宅メーカー14.0%と、実務者が大半を占めています〔3〕。
4家計負担を親に載せる作戦コストの出どころを家庭へ
本音:「学生のうちなら、費用は親が出してくれる」
受験を在学中に前倒しすれば、その費用負担は誰にいくか。多くは親世代です。私が受験した平成7年には31万円で済んだものが、いまや100万円超。すでに奨学金を背負う学生が、さらにこの額の資格対策費を上乗せされる。社会人として自分の給与で受験するのではなく、家庭の家計に静かに付け替えられる——この構造は、ほとんど語られません。
5ダブルスクール問題大学だけでは受からない前提
本音:「大学に通いながら、結局は資格学校にも通う」
今の試験は、大学のカリキュラムだけでは突破できないのが暗黙の前提になっています。だから多くの学生が、大学と資格学校を掛け持ちする。これは大学教育が試験に対応しきれていないことの証明であると同時に、次の「6番目のプレイヤー」を太らせる燃料でもあります。
6資格学校の延命問題私が運営する製図試験.comも、その当事者です
本音:「合格率が低く、試験が難しいほど、講座の需要は続く」
ここは、あえて自分自身に矢を向けて書きます。私が運営する製図試験.comもまた、この受験産業の一角です。前編で書いたとおり、私が受験した平成7年、製図対策に支払った費用は31万円ほどでした。ところが今、大手の令和8年度1級建築士コースは学科+製図セットで120万円(税込132万円)、上位コースは170万円超〔4〕。四半世紀で、受験産業が受験生から取る金額は5倍以上にふくらんだのです。試験が難しく、合格率が低く保たれるほど、資格学校というビジネスは安泰になる。
だからこそ、当事者として正直に言わねばなりません。「合格率を上げよ」という主張は、私自身の商売の根幹を否定する主張でもあるのだと。それでも私がこれを書くのは、受験生の負担の実態を、誰よりも近くで見ているからです。
7本当に一級建築士が激減する問題唯一、表向きに語られる動機
建前:「だから受験機会を広げ、若手を増やさねばならない」
そして、これが唯一、公の場で堂々と語られている動機です。高齢化は事実、激減リスクも事実。けれど——この7番目の「正義」だけが前面に立ち、1〜6の本音はその陰に隠れている。それが、今回の改正案をめぐる風景の正体ではないでしょうか。

真実は、7)ではなく1)〜6)に潜んでいる

整理すると、こうなります。

 プレイヤー表向きの大義隠れた本音
1大学(教育)「若手建築士が
激減するから」
カリキュラムの予備校化を是認
2大学(就職)合格実績をブランドに使いたい
3企業育成コストを大学・学生に転嫁
4家庭費用を親世代に付け替え
5学生ダブルスクールが前提化
6資格学校低合格率こそが商売の前提
7制度全体激減リスク(=公に語れる唯一の正義)——

お気づきでしょうか。7番目の「激減」という大義の下に、1〜6のプレイヤーがそれぞれの利害を温存したまま相乗りしている。在学中受験という処方箋は、この6者の本音をひとつも傷つけません。むしろ、すべてを延命させる。

なぜ「合格率を上げる」が選ばれないのか
若手を増やす最も単純な方法は、合格率を上げることです。ところがこの案は、議論の俎上にすら載りにくい。
なぜか。それは——合格率を上げてしまうと、1〜6のプレイヤーの「うまみ」が消えてしまうからではないか。大学の合格実績競争も、資格学校の高額講座も、すべて「低い合格率」を前提に成り立っているのですから。

では、誰のための制度なのか

ここで、最初の問いに戻ります。誰のための一級建築士資格制度なのか。

受験生のためでしょうか。安全な建築を享受する市民のためでしょうか。それとも——

私には、現状の制度が、受験生本人を除くあらゆるプレイヤーにとって都合よくできているように見えてなりません。負担だけが受験生個人と、その背後の家庭に集中している。そして「若手が激減する」という正義の旗が、その不均衡を覆い隠している。

本来、資格制度の主役は受験生であり、その専門性を享受する社会のはずです。
ところが今、制度設計の中心にいるのは、合格実績がほしい大学であり、育成コストを逃したい企業であり、低合格率に支えられた受験産業(私自身を含む)です。

「若手が激減する」は、嘘ではありません。けれどそれは、真実の7分の1にすぎない。
残りの7分の6を直視しないかぎり、どれだけ受験時期を前倒ししても、受験生の負担は減らず、建築教育の空洞化は止まらないでしょう。

——誰のための制度なのか。その問いから逃げないことが、改革の出発点だと、私は考えています。

※本稿は、受験産業の当事者である筆者自身を含めて、制度をめぐる利害構造を率直に整理したものです。各プレイヤーを断罪する意図はなく、それぞれの「合理的判断」が積み重なった結果として、誰も望まない構造が生まれている——その全体像を可視化することを目的としています。

参考データ・出典
〔1〕総合資格navi「在学中に一級建築士受験が可能に?設計3団体が建築士制度の改正を提案」(2025年4月23日、設計関連3団体による自民党建築設計議員連盟への提案)
〔2〕一級建築士の年齢構成(60歳以上が約4割、20歳代は約1%)。日建学院「建築士法の改正について」
〔3〕(公財)建築技術教育普及センター「一級建築士試験 試験結果」(合格者の職域別構成比、学校別合格者数一覧の公表) https://www.jaeic.or.jp/shiken/1k/1k-data.html
〔4〕総合資格学院「令和8年度 1級建築士ストレート合格必勝コース」受講料(学科75万円+製図30万円=120万円/税込132万円、上位コースは合計155万円/税込170.5万円) https://www.shikaku.co.jp/course/1k/list/set-standard/
〔5〕一級建築士の標準学習時間(約1,000〜1,500時間):主要資格学校公表の目安による
〔7〕国土交通省「建築士法の一部を改正する法律案(概要)(案)」(試験内容のあり方は中央建築士審査会で「検討を開始」と注記)
※数値はいずれも公表されている最新データ(令和7年試験結果・令和8年度講座料金まで)に基づきます。
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